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巨人移籍の岩隈久志、メジャー7年間の軌跡 メジャー通算63勝、15年にはノーヒッターも【編集部フォーカス】


巨人移籍の岩隈久志、メジャー7年間の軌跡 メジャー通算63勝、15年にはノーヒッターも【編集部フォーカス】

2019年02月07日

 日本野球機構は1月30日、岩隈久志投手が読売ジャイアンツに支配下選手登録されたことを公示した。2011年オフに海外フリーエージェント(FA)権を用いて米球界に移籍した右腕は、8年ぶりに日本球界へ復帰することとなった。
 
 岩隈は、堀越高から1999年ドラフト5位で大阪近鉄バファローズ(現オリックス・バファローズ)に入団。2004年には、15勝2敗の成績で最多勝、最高勝率の投手二冠に輝いた。同年オフ、球界再編の波を受け、新規参入球団である東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍すると、2008年には21勝を挙げるなど獅子奮迅の活躍をみせた。2011年オフに海外FA権を行使し、シアトル・マリナーズへ移籍した。
 
 米国では7年間マリナーズ一筋で、地元ファンには“クマ”の愛称で親しまれた。主に先発投手として、通算150試合に登板し、63勝39敗、2セーブ、714奪三振、防御率3.42、WHIP1.14と高い勝率を誇った。
 
 昨季は右肩の故障により、メジャーでの登板はかなわず、マイナー1Aでのリハビリ登板2試合にとどまった。2019シーズンからは、日本球界に復帰し、巨人でプレーする。
 
 今回は、岩隈がメジャーで過ごした7年間を振り返る。

【2012年】メジャーデビュー、先発ローテ奪取



■30試合(16先発)125回1/3、9勝5敗、2セーブ、101奪三振、防御率3.16、WHIP1.28
 
 2012年1月5日(日本時間6日)にマリナーズと契約。メジャー1年目は、開幕時点で先発ローテーション入りを果たせなかった。だが、ロングリリーフや谷間の先発登板で信頼を勝ち取ると、先発として8勝を挙げる活躍をみせた。

【2013年】サイ・ヤング3位、キャリアハイの成績



■33試合219回2/3、14勝6敗、185奪三振、防御率2.66、WHIP1.01
 
 2年目は、自己最多となる219回2/3を投げ、14勝を挙げる飛躍の年となった。当時テキサス・レンジャーズに所属していたダルビッシュ有投手と共に、オールスターにも選出。この年のサイ・ヤング賞投票では、ダルビッシュに次ぐ3位に入っている。
 
 また、1投球回あたり何人の走者を出したかを表すWHIPが1.01を記録し、日本人メジャーリーガーで歴代最高の数値となった。

【2014年】2年連続2桁勝利、日米野球にも出場



■28試合179回、15勝9敗、154奪三振、防御率3.52、WHIP1.05
 
 3年目は、2年連続2桁勝利となる15勝を挙げる活躍。特筆すべきは、与四球率の低さで、179回を投げて21四球(与四球率1.06)と制球力の高さを示した。
 
 オフには「日米野球2014」のMLB選抜にホセ・アルトゥーベ内野手やロビンソン・カノー内野手、和田毅投手(現福岡ソフトバンクホークス)らと共に選出され、第2戦に先発登板。メジャーの第一線で活躍する岩隈の凱旋は、NPBの選手たちにも大きな刺激を与えた。

【2015年】日本人史上2人目のノーヒットノーラン達成



■20試合129回2/3、9勝5敗、111奪三振、防御率3.54、WHIP1.06
 
 2015年は、シーズン途中に故障者リスト(DL)入りして20試合の登板にとどまり、規定投球回に届かなかった。3年連続2桁勝利も逃したが、4つの貯金を作るなど、高い勝率は健在だった。
 
 8月12日(日本時間13日)のボルティモア・オリオールズ戦では、3四球、7奪三振でノーヒットノーランを達成。日本人選手としては野茂英雄氏(当時ボストン・レッドソックス、2001年)以来2人目の快挙となった。

【2016年】自己最多16勝挙げるも、投球内容に変化



■33試合199回、16勝12敗、147奪三振、防御率4.12、WHIP1.33
 
 2016年は、開幕から調子が上がらず、初白星を挙げたのは5月に入ってからだった。だが、同月打線の援護も受けながら4勝を挙げて軌道に乗り、勝ち星は自身最多の16まで伸ばした。
 
 一方、防御率は渡米後ワーストとなる4.12。WHIP1.33、被本塁打28も最低の数字だった。また、GO/AOが1.00を切り、前年からフライアウトの割合が極端に増加している。

【2017年】右肩故障、DL入り



■6試合31回、0勝2敗、16奪三振、防御率4.35、WHIP1.26
 
 開幕から6試合に登板するも、0勝2敗、防御率4.35と精彩を欠き、右肩の故障でDL入り。5月3日(同4日)を最後に、メジャーのマウンドから遠ざかることとなった。9月には、右肩のクリーニング手術を受け、オフにマリナーズとマイナー契約を結んだ。

【2018年】セーフコでのラスト登板、日本球界復帰へ




■メジャー登板なし
 
 2018年は、手術後、2試合でリハビリ登板。トロント・ブルージェイズ傘下1Aバンクーバー・カナディアンズ戦では、2回を投げ、無安打、無失点、2奪三振の好投を見せていた。
 
 9月11日(同12日)に、日本球界復帰を視野にマリナーズ退団を発表。同月26日(同27日)には、本拠地セーフコ・フィールドでのオークランド・アスレティックス戦の始球式に登板し、捕手役はイチロー会長付特別補佐(現外野手)が務めた。
 
 12月19日に巨人入団会見を開き、背番号は「21」に決まった。日米通算170勝を誇る右腕は、今季再び日本球界に舞い戻り、メジャー仕込みの投球術で日本のファンを沸かせる。


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